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松山地方裁判所 昭和31年(レ)74号 判決

控訴人 高橋好江

被控訴人 石川彦隆

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は「原判決を取消す、被控訴人の請求を棄却する、訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は主文同旨の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張は、各訴訟代理人において次のとおりつけ加えたほか、原判決事実摘示と同じであるから、こゝにこれを引用する。

一、原控訴代理人の陳述

1、原判決二枚目表十行目に「地上権」とあるのは「賃借権」の趣旨である。

2、被控訴人が訴外長原好市から本件建物を明渡完了を条件として買受ける約定をした時期は昭和二十七年四月二十七日頃である。

二、控訴代理人の陳述

1、被控訴人が本件建物を買得したことは知らない。

2、引渡命令による本件建物明渡しの執行が昭和二十八年十月中に一応完了したこと及び控訴人が明渡の執行されたその晩に本件建物に入り引継き現在まで居住していることは認める。

〈証拠省略〉

理由

一、左記の事実は当事者間に争がない。

1、原判決主文第一項掲記の建物(以下本件建物という)はもと控訴人の所有であつたが、控訴人の債権者である訴外山川松一から同建物につき松山地方裁判所西条支部に強制競売の申立があり、その結果昭和二十八年三月二十八日訴外長原好市において代金弐拾五万五千円でこれを競落しその所有権を取得するに至つた。

2、当時本件建物には控訴人が居住していたのであるが、競落後も明渡をしないため競落人たる長原は昭和二十八年六月二十八日右建物引渡命令を申請し、競売裁判所の発した引渡命令を得て、その執行を松山地方裁判所々属執行吏島村正賢に委任し、同執行吏は同年十月中本件建物から控訴人を立退かせこれを競落人に引渡して執行を完了した。

3、しかるに控訴人は右引渡命令の執行が完了した日の晩に、再び本件建物に道具類を持込んで入居し爾来居住を続けている。そのため控訴人は昭和二十九年一月伊予三島簡易裁判所で住居侵入罪により罰金刑に処せられた。

4、本件建物について昭和二十八年十一月五日、売買を原因として前記競落人長原好市から被控訴人に所有権移転登記がなされた。

二、そこでまず被控訴人の本件建物取得の経過についてみるに、成立に争ない甲第一号証、原審証人児山光雄の証言を合せ考えると、本件建物については昭和二十八年四月十一日前記競落人長原好市のため競落による所有権取得登記がされたのであるが、その後間もなく長原は訴外石津高助に右建物を売渡す契約を結び、石津は更に同年四月二十七日頃これを敷地の使用権と共に被控訴人に売渡す約定を結んだこと、そして所有権移転登記は前示のように同年十一月五日長原から直接被控訴人に対して行はれたものであることが認められる。被控訴人に対する右売渡の約定が被控訴人の主張するように建物明渡の執行完了をその効力発生の条件としたものであることについてはこれを認めるに足る証拠はないけれども、売主側で本件建物を空家とした上で買主に引渡す約定であつたことは右証人児山の証言によつてこれを認め得る。

三、次に競落人長原の申立によつて発せられた前記引渡命令ないしこれに基く執行の効力について判断する。債務者が競売の目的たる不動産の引渡を拒んだときは裁判所は「競落人もしくは債権者」の申立によつて引渡命令を発し得るのであつて(民事訴訟法第六八七条第三項)引渡命令の申立権者は必ずしも競売物件の所有者でなければならないものではない。従つて競落人が競落した不動産を他え売渡す約定をした場合においてもこれがため当然に右の申立権を失うものということはできない。このことは売主たる競落人において当該不動産を完全な姿(建物の場合はこれを空家として)において買主に引渡す義務を負担する場合のあることをみても十分うなずき得るところである。いわんや本件の場合では競落人たる長原は他え売る約定をしていたことは前認定のとおりであるけれども、引渡命令申立当時にはいまだ買主のために所有権移転登記をしておらず、登記簿上依然として長原の所有名義であつた点からみても、同人はいまだ終局的に所有権を失つていたものとはいえないのであるから、前記引渡命令が無権限者の申立によつて発せられた違法のものであるとする控訴人の主張は到底採用に値しない。のみならず、仮に引渡命令を発する手続に違法のかどがあるにしても、異議申立などの適法な方法によつてその執行を阻止するは格別、当該引渡命令による執行が完了した場合においては、その執行が当然無効であるといえないことはいうまでもないところである。されば前記引渡命令の執行により明渡の完了した本件建物内え、勝手にはいり込むが如きことは許しがたい不法の行為であるといわざるを得ない。

四、本件建物が控訴人の他から賃借した敷地の上に建てられたものであることは弁論の全趣旨に徴して明らかであるが、およそ借地上の建物が競売に付される場合においても、通常は取毀の目的物としてではなく当該借地上に定着する不動産として評価され競売されるのであり、もともと建物はその敷地を離れては存立し得ないものであるからして、特段の事情のない限り競売の目的たる建物の敷地の借地権は、賃貸人たる地主に対する関係ではともかくとして、少くとも建物所有者たる借地人と競落人との関係においては競売の目的たる建物とともに競落人に移転するものと解するのが相当である。のみならず、仮に競落により建物の所有権を取得した者またはその承継者がその建物の敷地について借地権をもたず、かえつてその建物を占拠している者に借地権がある場合であつても、これがために建物占拠者が当然に他人の所有に係るその建物を占拠し得るものといえないことはもちろんである。いずれにしても借地権を云々して本件建物明渡の義務がないとする控訴人の主張は採用し得ない。

五、控訴人は本件建物は昭和三十年夏頃被控訴人から訴外石井政一に売却されたので、現に被控訴人の所有に属しないと主張するけれども、原審証人石井政一の証言によると、右のような事実の存しないことを認めるに十分であるからして、右の主張もまた理由がない。

六、最後に被控訴人の本訴明渡の請求を目して権利の濫用であつて許さるべきでないとの控訴人の主張について判断する。控訴人が昭和二十六年頃本件建物を建築してからそこで軽飲食店業を営んできたことは原審における控訴人本人の供述によりこれを認め得るけれども、すでにこの建物が競売に付され競落によつて第三者の所有に帰した以上、控訴人において新所有者から再び所有権を回復するか、もしくは新所有者との契約によつて新に右建物の使用権を取得しない限りこれが使用占拠をつゞけることのできないことは当然のことである。被控訴人が控訴人に何ら断ることなくして本件建物を買受けたとしても、控訴人の本件家屋における居住営業を容認したものといえないし、本件建物の買取りに際し予め控訴人の了承を得なければならないものでないこともいうまでもない。まして控訴人は前記引渡命令の執行により明渡が一旦完了したのにかかわらず、その当夜再び本件建物に入り込んだことは前示のとおりであつて、しかも原審における控訴人本人尋問の結果によると、控訴人は同夜、勝手に釘付のしてあつた戸をこじあけて、屋内に荷物を持込み居住するに至つたことが認められる。かような刑罰に処せられるような所為によつて占拠を始め爾来今日まで約三年に亘つて故なく占拠をつゞけている控訴人に対し(控訴人が本件建物の所有者に対する関係でこの建物を使用占拠し得る権原を有することについては何等の主建も立張もない)明渡を求めるのは本件建物所有者として当然の権利行使であつて、これを目し権利の濫用であるといえないことは明白である。

七、以上の次第であるから本件建物の所有権にもとずいて不法占拠者たる控訴人に対しこの建物の明渡を求める被控訴人の本訴請求は正当としてこれを認容すべきであつて、これと結論を同じくする原判決は相当である。本件控訴は理由がないものとせざるを得ないからして民事訴訟法第三八四条、第九五条、第八九条に則り主文のとおり判決する。

(裁判官 谷本仙一郎 木原繁季 中利太郎)

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